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『皮膚と心』(佐々木)

こんにちは! LS2年の佐々木です。
いつの間にか梅雨が始まり、あっという間に終わってしまいましたね…サウナのような屋外と涼しい屋内の行き来を繰り返すなかで、このまま続ければいつか"ととのう"のではないかと考えてしまいます。皆さんもキャンパスライフやアルバイトに慣れ始めて、忙しい日々の中にも私のように余計なことを妄想するくらい、ほっと一息つく時間ができたのではないでしょうか。今回はそんな時間に読んでほしい本を紹介します!

今回ご紹介するのは「皮膚と心」です。
この物語は1939年に発表された太宰治の短編小説で、語り手の女性の心境の変化が細かく描写されている作品です。

"ぷつッと、ひとつ小豆粒に似た吹出物が、左の乳房の下に見つかり、よく見ると、その吹出物のまわりにも、ぱらぱら小さい赤い吹出物が霧を噴きかけられたように一面に散点していて、けれども、そのときは、痒ゆくもなんともありませんでした。"

主人公の「私」の身体中に吹き出物がだんだんと広がっていく。元々自分の容姿に自信のない「私」は、その吹き出物ができたことでますます自分が醜くなってしまったと、ひどく落ち込んでしまう。
さらにお見合い結婚で結ばれた旦那との新婚生活もお互いが不器用過ぎるが故に上手くはいっておらず、「私」は自分の女の価値に対する不安や旦那への罪悪感に苛まれる。
しかし、皮膚病という事件が起こることで旦那の優しさや旦那への好意を再認識でき、2人の距離は少しだけ縮まる。 あの手この手を尽くすが吹き出物の原因は分からず、一緒に病院へ行くことになる。「私」は病院の待合室で診察を待っている間、旦那のこと、「女」という性、生と死に関することなど、さまざまなことに思いを巡らせる。
結局皮膚病は中毒ということがわかり、注射を打って快方へ向かったところで話は終わる。

ストーリーだけをみるとありきたりですが、この話の見どころは太宰の高解像度の観察眼と繊細で柔らかい文章にあります。
実際に本文を読んだ方が早いので少しだけ引用させていただきます。

"あの人は薬屋に行き、チュウブにはいった白いべとべとした薬を買って来て、それを、だまって私のからだに、指で、すり込むようにして塗ってくれました。すっと、からだが涼しく、少し気持も軽くなり、
「うつらないものかしら。」
「気にしちゃいけねえ。」
そうは、おっしゃるけれども、あの人の悲しい気持が、それは、私を悲しがってくれる気持にちがいないのだけれど、その気持が、あの人の指先から、私の腐った胸に、つらく響いて、ああ早くなおりたいと、しんから思いました。"

お互いに甘えることができず距離を感じてしまう夫婦でしたが、指先から伝わる優しさや愛おしさを感じませんか? 薬のメンソールとあの人の優しさによって沈んでいた心が軽くなったからこそ、感じてしまう罪悪感に気づく太宰の観察眼にも感服させられてしまいます。

おまけにもう一つどうぞ!

"痒さは、波のうねりのようで、もりあがっては崩れ、もりあがっては崩れ、果しなく鈍く蛇動し、蠢動するばかりで、苦しさが、ぎりぎり結着の頂点まで突き上げてしまう様なことは決してないので、気を失うこともできず、もちろん痒さで死ぬなんてことも無いでしょうし、永久になまぬるく、悶えていなければならぬのです。これは、なんといっても、痒さにまさる苦しみはございますまい。"

どうでしょう‼︎ 生々しくて柔らかすぎるが故に読者にまとわりつくような文体で、読んでいるこっちがむず痒くなってきませんか。

恋の物語は掃いて捨てるほどありますが、この物語はセンセーショナルな過激な恋の話でも、情熱的な恋の話でもありません。しかし慈しい2人の愛が太宰の紡ぐ言葉によって人間味の溢れる物語として語られています。私自身この話を読むたびに太宰に見えている世界とそれを言語化できる表現力に惚れ惚れしてしまいます。
本を読み慣れていない人や本を読み切るのが難しい人、文豪と呼ばれる人の本を堅苦しいと感じてしまう人にオススメです! 短編小説かつ、軽やかな文体なのであっという間に読み終わってしまうはずです。

刺激されたことがない感性をそっとじんわりと撫でられているような感覚をご堪能ください‼︎
 

「皮膚と心」『皮膚と心』(名著初版本複刻太宰治文学館 6)

太宰治著 1992年(昭和15年4月)刊の複刻

禁帯出資料につき、利用は館内で!
 
請求記号:918.6/D49n/6
登録番号:385141
バーコード番号:000229429S
配架場所:B3F

『太宰治選集 3』等にも収録。
こちらは貸出できます。
請求記号:918.6/D49h/3
登録番号:Y175458
バーコード番号:001190113G
配架場所:2F